私が子供のころ住んでいた湘南界隈には、近くに牧場があったせいか、そこで加工された新鮮な牛乳や生クリームが毎朝届いた。昔の地図をひっくり返していると、目白・下落合界隈も牧場だらけだったことに気づく。山手の住宅街へ新鮮な牛乳を届けるために、ホルスタインやゼルシーなどの乳牛を飼っていた、いわゆる「東京牧場」だ。
1919年(大正8)当時、落合村には2つの東京牧場が存在した。上落合429番地あたり、光徳寺の東側に隣接した福室軒牧場と、江古田村との境界も近い葛ケ谷(西落合)374番地にあった斉藤牧場だ。福室軒牧場についてはいくらか記録が残っている。 経営者の福室家は、明治以前から現在まで長く上落合にお住まいの地付きの旧家だ。明治期を迎えてから、上落合でミルク牧場の経営に乗り出した。1983年(昭和58)に出版された『昔ばなし』(上落合郷土史研究会)には、「この近所の人々は、ここの牛乳を飲んで大きくなった方が少なくないと思う。(大正12年の)震災後、どんどん発展して行く上落合のため、牧場は歓迎されなくなったのか、牧場もなくなり、通りに面しているところには商店が出来た」とある。
1933年(昭和8)版『東京牛乳畜産組合員名簿』(雪印乳業東京史料室)では、すでに落合町に牧場は存在せず、淀橋区全体でもたった3軒にまで激減している。大震災の直後から住宅地の波が郊外へと押し寄せ、東京牧場を次々と飲みこんでいったのだ。
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このコラムでは、下落合と上落合を中心に周辺で起きた物語を綴るブログ「落合道人」から、選りすぐりの記事を紹介して参ります。[one_third] [/one_third][two_third_last]
落合道人 おちあいどうじん
http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/
日本橋出身。1970 年代半ばの高校生のころより落合地域に興味を持ち、学生時代から住みつく。以来、各地を歩きまわり多彩な物語を発掘中。ネットで「落合道人」「わたしの落合町誌」などを執筆。下落合在住[/two_third_last]