都内の昔の銭湯名を調べてみると、面白いことが分かる。「○○湯」という一般的な銭湯名がほとんどなのだけれど、それらに混じってなぜか「草津温泉」や「伊香保温泉」、「有馬温泉」、「志保ノ湯温泉」といった実際の温泉名を付した湯屋が営業していた。
しかも、それらの「温泉」は街中ではなく、東京でも少し奥まった静かな一帯、あるいは近くに物見遊山の名所がある地域、さらには東京市外つまり郊外の寮(別荘)が建てられているようなエリアに見えている。
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これらの湯屋は、日々の汗を流す銭湯というよりは、どこか湯治場のような風情があったようだ。俥で客が乗りつけると、女中たちが出迎えて座敷へ通された。中には、数日逗留する客もあったのだろう。同時に、近隣の住民たちへは銭湯の役割りも果たしていたらしい。
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こうした温泉場の周囲には、娼楼やあいまい宿、茶屋などの店も増えていったようだ。風紀上好ましくないということで、明治期のうちに色町へと移転させられるか、あるいは自ら廃業している。
下落合(現・中落合)の六天坂下にも、大正期から昭和初期にかけて「草津温泉」があった。おそらく東京市の郊外に拡がる静かで野趣あふれる武蔵野に設営された、東京の温泉場のひとつだったと思われる。ちょっとした隠れ家感覚で、宿泊客も受け入れていたのかもしれない。この温泉は時代の波を受けて変遷を重ねながら、今も「ゆ~ザ中井」として営業を続けている。
このコラムでは、下落合と上落合を中心に周辺で起きた物語を綴るブログ「落合道人」から、選りすぐりの記事を紹介して参ります。
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落合道人 おちあいどうじん
http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/
日本橋出身。1970 年代半ばの高校生のころより落合地域に興味を持ち、学生時代から住みつく。以来、各地を歩きまわり多彩な物語を発掘中。ネットで「落合道人」「わたしの落合町誌」などを執筆。下落合在住[/two_third_last]